開設40周年記念 [ 青経会/座談会 ] - 新なステージへ -

開設40周年記念 青経会 座談会

次世代を担う若手経営者の方々に、将来への展望などをお話ししていただきました。

出席者
江森 直人 氏 (トップエース株式会社 代表取締役)
不破 貴史 氏 (秩父プラスチック工業株式会社 専務取締役)
藤間 太郎 氏 (株式会社オキナヤ 取締役副社長)
藤澤 裕文 氏 (株式会社藤沢商事 取締役)
野村 泰豪 氏 司会 (Knet株式会社 代表取締役)
(以下、敬称略)
司会 皆さんご存じのように、今年は、団地開設40周年の節目の年です。この節目の年に、「次世代を担う若手経営者の方々に色々将来に わたってのお話をしていただこう」これが、この座談会の趣旨です。
皆さんご存知の様に、組合は「ソシオ構想」を掲げ「セーフティ都市」を目指し活動をしています。こうした活動を利用し、未来をどのように切り開いて行くか?と言う切り口で、皆さんに思いを語っていただけたらと、思います。

 イントロダクション

司会 初めに、各人、ここで簡単に自己紹介を兼ねて自社の企業PRなど簡単にお話いただければと思います。
 最初に私からお話しさせていただきますけれども、私の会社、実は、開設当初は、流通センターに参加はしておりませんでした。情報センタービルができるということで参加させていただいたのが切っ掛けです。流通センターではKnetという、IT関係の仕事をやっております。グループ会社自体は、ほかにも宝石業、飲食業、不動産賃貸業など多角的に事業展開を行っています。私が二代目でございます。よろしくお願いします。
江森 江森 直人 トップエース株式会社 私は、トップエース株式会社の社長をやらせていただいております、江森と申します。
 私の会社は、もともとは行田で足袋の生産をしておりました。開設当初より参画させていただいたと聞いております。
 実際には、私どもの主力製品であった足袋は、急激な生活の変化で売れなくなりました。そこから衣料品、衣服等、近くに行田、加須、羽生という生産基地がありましたので、その拠点から商品を仕入れて販売する形で、展開をしてまいりました。当社は、現在、スクール用の水着を生産し、全国販売をしております。それが会社の基盤になっております。昨今、少子化や水着の授業が減ったり、様々な変化がありまして、これだけでは先行き不透明ということで、学校用のかばんに商圏を見出しました。当初は、商社を通じて生産を行っていましたが、なかなか価格面で折り合わず、ここ10年ぐらいは中国の生産工場と直接取引をするという流れができたおかげで販売力がつきました。現在、日本全国に商圏を持ち、学販が中心です。今これを拡大しているという状況です。また、中国だけでなく、ベトナム、タイといった東南アジアに、仕入れ先を探している状況であります。
不破 不破 貴史 秩父プラスチック工業株式会社 秩父プラスチック工業で専務を務めさせていただいています不破でございます。
 私どもの会社、秩父プラスチックという名前の通り長瀞が発祥でございます。もともとは肥料袋といいまして、肥料を入れる袋の加工、その後、テント、シートの加工を行ってまいりました。また、 プラスチックの雨どいが開発され、その頃おつき合いのありましたメーカーさんが生産を始め、当社を代理店にしたいとのお申し出があり、建材業界のほうに進出しました。雨どいも、だんだん需要が減ってきておりますので、外壁など、鉄鋼二次製品 全般を扱うということで、今日に至っております。現在、熊谷と小山営業所で 建築関連の建材販売を行っております。
藤間 藤間 太郎 株式会社オキナヤ 株式会社オキナヤ副社長の藤間でございます。
 当社は明治元年創業でございまして、今年で147年を迎えます。創業当時は、熊谷市の星川で米問屋をやっておりました。米の販売を初代、二代続けてやってきまして、三代目が「米だけ売っているのじゃつまらないから、精米機、精麦機という、米を加工する機械を自分たちでつくって販売していこうよ」というところから、ものづくりということで、オキナヤ鉄工所という名前で加工などをやっておりました。熊谷の空襲で会社も全てなくなりましたが、戦後の復興と同時に、需要がある鉄鋼ですとか建設関係、また、かねてからのものづくりを基盤として、産業機械関係の販売を行ってまいりました。戦後は、工具などを小口で売っていた時代もあったようです。今で言うホームセンターのようなものでしょうか?現在は産業機械関係の商社としての販売と建設全般、外壁、屋根、設備、上下水と土木関係の工事のほうもやらせていただいております。
 流通センターは、今、うちの建材部、土木関係の部門が商売させていただいています。あわせて、グループのオキナヤフォーメックという会社が、こちらがものづくり一品一様で、工場の生産設備を、図面から起こしてつくれるような会社となっております。それがオキナヤの原点にもなっている会社でありますから、この会社自体は継続して残していきたいと考えております。
 昭和50年10月21日開設から、お世話になっておりますが、10月21日がちょうど私の長男の誕生日と一緒なので、何か不思議な縁を感じつつ、私自身も53年生まれですので、流通センターと共に、育ってきたとの思いもあり、思い入れが強いと思います。
藤澤 藤澤 裕文 株式会社藤沢商事 株式会社藤沢商事の藤澤です。
 我社は、自分の祖父に当たる藤澤強三が静岡の三島から出てきまして、今の17号近くで花かつお、かつお節といった当時のだし、乾物をメインとした藤沢商店という会社を興したのが発祥です。熊谷の市場の中に店を出させていただき、本格的に卸売業を始めたと聞いております。その後、二代目の貞彦(現社長)が、 乾物だけでは恐らく衰退していくだろうという事でいろいろ事業展開を始めました。しらすチルドの水産物系、ペットフードなど、乾物だけではなく、商品リスクの分散を行っています。食品を扱っていますので、「消費者に対する食の安全安心」と「人材の確保」が現在の当社の課題と考えています。
司会 ありがとうございました。
 皆さんのお話を聞いて、びっくりしました。実は私も、会社の説明をしろと言われると非常に困ってしまうようなところがあります。皆さんも、変化しているんですね。最初のころと全然違う事業展開をしている。逆に言うと、変化しないと生き残れない、その典型的な例がここに集まっている皆さんなんだろう、そんな感じがします。
ところで、皆さんの会社は、当流通団地にどんな魅力を感じて参加されたんでしょうね?

 組合員となったきっかけ

不破  我社は、もともと非常に狭い場所を借りて熊谷での商売を始めたようです。長物とか重量物を扱っており、大型トラックが出入りを頻繁にするので、その立地だとどうしても日ごろの仕事がやりづらいということで、どこかもう少し広くて、ある程度の倉庫の大きさを確保できる土地がないかと探していたところ、おつき合いがありました玉章堂さんのご紹介で参加したようです。今の場所は、土地、道路が広く、運搬がしやすいということで、同業他社さんから見ても、日ごろの業務のしやすさという点で、有利なのかなというようなことはあります。
藤間 不破さんおっしゃるとおり、やっぱり物流という点ではすごく便利な場所だと思います。我社も、やはり重量物を置いて運べる場所ということで、 流通センターの特性を生かして商売をさせていただいております。
江森  我社は、行田と熊谷のちょうど中間ポジションで、問屋の機能として商売を広げようとしていた流れの中で、ここにコンパクトに出店でき、周りに情報が集まる空間ができる。そういう目的もあって、参画させてもらったんだと思うのです。
集団化によって、各社のPRや、融資、情報など、 ここに集まってくるから、いろんな商売につなげられる。同業者さんもいらっしゃいましたし、集客力というメリットもあったのだと思います。
藤澤  我社は、生産卸と言うスタイルに、この  流通センターのスペースが合ったのだと思います。1箇所で効率よく事業展開できています。また、いろんな異業種の方との情報交換等々もさせてもらえるのがメリットだと思います。
企業イメージはいいですよね。流通センターの中にあると、ブランドイメージは、あると思います。
藤間  個人的には非常に楽しいというか、青経会に参加させていただいて、刺激をいただける組織だと感じていますね。直接的な経営的相談というよりも、こういうことやっているんだ!という話を聞くだけで十分刺激にもなります。個人個人の思いというのをざっくばらんに話し合える場というのは、すごく魅力的かなと。そこを通して、熊谷とか行田の街づくり。こちらの構想にも役立ってくると思います。何よりもやはりメンバー同士の結びつきというのは、私は入って本当にメリットがあると思います。
なかなか直接会社を訪問して、「昔どうでした?」って聞けないじゃないですか。ただ、こういう場があると、昔の熊谷ですとか、流通センターですとか、そういった話が直接聞ける。やっぱり人間というのは歴史を学ばないと未来に行けないと自分も感じていますので、そういった意味でも非常に貴重な場かなと思います。
司会 問屋町祭りの盛り上がりは、正にその最たるものですかね。
江森  当初は、似たような業種の小さな集まりがまとまって出てくることによって、情報交流あるいはメリットを見出していたのだと思います。私どもの会社は、もともと問屋業で、それほどの倉庫とか無くても商売はできていた。けれども、いざ時代が変わって、実際自分たちでリスクを背負って工場にオーダーを打ったり、先に商品を手元に入れたりということで、だんだん、実際に要求されるものが変わってきた。そのときに異業種というか、この中にいる方たちからいろんな業種の情報が入ることで活性化している。ここにいるメリットの一つとして感じております。いい刺激を受けさせてもらっていると思います。
不破  そうですね、皆さんおっしゃられるように、どうしても同じ業界の中では考え方が偏ってしまいがちで、同業者の会とかに出席しても、業界の傾向で、この先の考え方とかも、みんな同じような考え方といったことはありますね。なので、今後もこういった会で切磋琢磨していければいいのかなとは個人的には思います。

 魅力的な組合へ

司会  では、色々と刺激を受けながら、より魅力的な組合なるためには、どんなイメージを持っているのだろう?
江森  先程のブランドイメージではありませんが、流通センターは、この地域の中でも特に認知されているエリアですから、ここに通っていることに、社員がメリットを感じていると思います。ただ、連棟は老朽化が進んでおり、スペースの制約もあります。情報インフラの整備が、一番の課題になっています。
藤澤 藤澤 裕文 株式会社藤沢商事 今後、我社として期待しているのは、駅ができるということです。秩父鉄道新駅ができることによって、働こうと思われている方が、市内外から広く来ていただけることを期待しています。
今後の成長という点では、 我社も人材は、一つポイントになってくるところです。特に今、技術者の取り合いというのがすごくあって、技術を持っている、資格を持っている方々が、本当に不足しているんですよね。そういう意味で、優位性が高い場所にいるというのは、やはり採用活動もしやすいと思うので、駅もできて、より働きやすい環境ができればと思います。売手市場ですので、より魅力のある環境づくりというのは大切かなと。より人が集まれるような、魅力のある場所になれるような流通センターになっていければいいと思います。そうすると、我々も胸を張って、うちの会社に来てくださいと言えるようにもなりますので。
とすると、流通センターのアピールポイントって何なのだろうと考えたときに、組合が進めている「安心安全なまちづくり」もその一つだと思います。
不破  そうですね。問屋町の会社ならしっかりしているし、通勤してみたいなと。通勤している人に対してもステータスがあるような、そんなイメージが持てれば、もう少し求人に対してもいい方向になるのではないかなというような思いはあります。
やはり、この中で仕事以外の何かという目的がないと、なかなかそういった魅力を出すのは難しいのかな?というような気もします。今後の課題として何か考えていかないといけないと思います。

 組合の安心・安全なまちづくりについて

司会  流通センターで今、昼間働いていらっしゃる方は、全部で2,000人ぐらいと聞いています。
今、セーフティ都市を目指して、安心・安全というものを、4年前(というのはちょうど震災のころですね)からやってきているわけですけれども、この「安心・安全なまちづくり」を推進することによって、自社としてのメリット、デメリット、そういうものがあると思うのですけれども、そういうものに関してどんなふうに考えていらっしゃいますか?この安心・安全なまちづくりをどう推進していこうと考えていますか?
江森 江森 直人 トップエース株式会社 東京に事務所を持っていますが、災害時の対策に非常に頭を悩ませているところです。本社機能は、ここにありますので、そんなに心配ないのかなと思っています。
本社に勤めている社員にしてみれば、この問屋町というエリアは、何かあったときでも、災害時の心配が比較的軽微なもので済むのかなと。社員もだんだんと自覚はしてきているような気がします。
藤澤  防災という面では、この地域が、比較的災害が少ない地域であると言うことと、組合が進めている「安心・安全なまちづくり」とメリットが2つあると思います。
藤間  有事の際の備蓄ですとか、その辺、何日間か社内にいても大丈夫な備えというのは、していますが、果たしてそれが一企業としてやっていくだけだと務まらない。もう少し具体的に、ここにいるメリットという部分の安心感を、社員のみならず、お取引先へも、アナウンスしてもいいのかな?と思います。
商売が継続してできる仕組みというのを新しく企業同士が結びつき合えば、熊谷で大きなことが起こったとしても、問屋町だけは無事だったと言える。というぐらいはっきりわかるエリアにすると、ブランドイメージも相当あがると思います。
不破  そこをブランド化していくには、いろんな知恵を働かせて、そういった防犯だとか、防災だとかという仕掛けだけではなくて、企業と企業との連携、企業と地域との連携、個々人の連携、そういったようなものがキーワードになるのかな?と。
司会  確かに、1社ごとで自分の会社を守っていくというのは無理だと思います。だったら、隣近所と協力しなくちゃならない。本当にそんなことできるのか?最終的には自分の会社だけで何とかしなくちゃならない。あるいは仕入れ販売ルートを確保するというのは、BCPの常だけれども、BCPを推進していく人間がいない。そういう人材がいない。そういうのを育てなきゃならない。まだまだ先の話じゃないか。そうすると、それを言っていたら切りがない。絶対やらない。でも、安心を行政に任せてと言う時代でもない。組合が先頭に立って、そういうことをやれば、 ほかの組合にはないメリットとして捉えられてもらえる。ブランド化というのもありえるんじゃないでしょうか。ところで、皆さんは、組合の防災ルールをご存知ですか?
江森  確か、ブロックごとでお隣同士も含めて、万が一あったときに力を合わせて助け合いましょうと言う話は聞いたことがあります。
司会  はい。例えば建物が倒れるようなことがあった場合には、極力全力を挙げて、組合が助けるようにするそうですが、何せ組合の職員というのは全部合わせても十四、五名しかいないので、それで頑張ってやるというのは限界がありますよね。そのために各ブロックごとで、1ブロック、2ブロックというふうに10社ぐらいずつの企業があるわけなので、その企業ごとで、まずお互いに助け合ってください、共助と言う考え方の様です。
不破  各ブロックごとに必ず1人ずつ防災のリーダーが決まっています。災害時には、各ブロックのリーダーの指令に従って、中央緑地に避難するというがルールだったと思います。
司会  その通りです。年一回そのルールに基づいて防災訓練を、行っていますね。
大きな災害があったときには、まず、飲食が必要だと思います。これは、理事長の会社と組合は、防災協定を結んであります。すぐに食べられるものが20万食あります。水だけで、40万本ぐらいあると聞いています。ペットボトルで。これは熊谷、行田の人ほぼ全部にお配りできるぐらいのボリュームに匹敵します。ずっと年がら年中ストックしているわけじゃありません。これ、売り物ですから。通過物流と言うんですけれども、万が一、大きな地震があって、震度6強以上になったときには、周りの道路も全部使えない、インフラが崩壊してしまう。そこにあるものを使いますよということで、災害協定を結んでいるわけです。流通団地内には、それぞれの専門分野の企業が集積しています。例えばスコップ、つるはし、カッター、バケットといって、大きなバケツ、何もかも含めて、声がけをするので、貸して下さい。フォークリフトも役に立ちます。また、展示場を一次避難場所として開放します。皆さんの力を、組合に貸してくださいという話の様です。
江森  各組合員が早く復旧する為の一番力強いアシストを組合がするということですね。
司会  安心・安全なまちをつくっていくということと、それを実現するためにソシオ構想というのをつくったとの事です。
不破  組合が考えている、安心・安全なまちづくりというのは、まず大きな災害、あるいはいろいろなトラブルがあったときにもすぐに呼応できるような体制を実際に備えていく。組合が備えていくだけではなくて、そういうシステムを機能するようにする。それを全部やっていくことで安心・安全なまちをつくっていく。それがここを起点にして、もっと広域に広がれば、ここのメリットというのはかなりあるように思えます。
藤澤  要するに、例えば人材確保だとか、あるいはここに入ってくるメリットというところでいろいろお話があったように、組合に入っているメリットというのは何かなというのを考えると、ここにいることが、いわゆる先ほどおっしゃいますステータスであったり、あるいはここにいることが、ほかから見て非常に大きな魅力があるといったようなことというのは、組合をブランド化するということですよね。それに向けて組合をブランド化していく。ほかの組合じゃだめなのだ!ここなんだと!あるいは熊谷のほかの地域ではないのだ!ここなんだ!!ということを光らせるようにしていく必要があるだろうとは思います。
司会  組合が作ったシステムを、実際に、オペレーションするのは、恐らく青経会だと思います。みんなに共通するキーワードといったら安心・安全、そういった防災に強い、災害に強いまちをつくっていく。あるいは、災害は避けられないから、災害に強いまちづくりというのは、災害が来ないまちじゃなくて、災害があっても耐えられるまちをつくっていく。まちだから、個々の企業だけじゃなくて、そういったものを、ここを中心につくっていくというような発想が必要だと思います。
藤間 藤間 太郎 株式会社オキナヤ 本当に今のお話で、私はもう十分夢が膨らんできたかなと。安心・安全を掲げていた理由が、今日、すごく鮮明になりました。自信を持って発信していきたいと思います。
 あとは、親しみやすい環境なのかどうか?問屋町祭りが一つのきっかけ、大きなきっかけになったのかなと。自分も1回目から実行委員として参加させてもらって、どこまで力を尽くせたかというのは、まだわからないところなんですけれども、やはり組合員同士、青経会メンバー同士の人と人との結びつきというのは、お祭りを通してすごく強くなったかなと思います。それとあわせて、地域の人に対しての発信、問屋町というものの発信ができる大きなイベントになって、継続していければと思います。当然労力はかかるのですけれども、それとあわせて結びつきというのは、すごく強くなれる。組織においてもそうですし、まちの中に対してもそうだと思うので、お祭りも必要なのかなと。
 それとあわせて、日常的に社員の家族とか、そういった方々が気軽に来れるような場所づくりというのも、これからは考えてもいいのかな?以前は、 テニスコートがあったりとか、福利厚生の部分の 充実というのがあったと思います。組合の「安心・安全なまちづくり」のオプションとして、何か人が居心地のいい環境、 心にゆとりが持てるような環境というのも必要かなと、思います。
藤澤  やっぱり原点は働きやすい環境にあると思います。イコール人が来る。構想というか、同じ組合の会社、今七十五社あるという中で、例えば昔ソフトボール大会があったそうですよね?
熊谷流通センターで働いてきてよかったな、交流を深めたいなと思っている人も中にはいっぱいいると思います。一つの組合のアピールにもなるし、年に1回、こういう交流会をやってもらうこと。これだけ異業種がいるので、いろんな横のつながりも多々あると思うので、うまくそういう機会をつくったほうがいいのかなと。ネットワークをフルに使えば、もっといいと思います。
江森  ある意味、開設当初の祭りは、それに近い形があったのかもしれないですね。組合員同士、組合員の従業員同士交流を深める。
藤澤  有事が起きたときに、先程、助け合い、共助とありましたが、7ブロックに分けて。そういったときにも、やっぱり何かしら交流があれば、実際、顔を知っている、知っていないというのは大きいと思います。
司会  そうだね。大きいよね。
不破   組合の指針の、団結・協調。これはやっぱり、そういうのも含まれているのかなと。
司会  まずは、青経会で企画しても、面白いですね。
藤間  スポーツじゃなくても、例えば食事会とか旅行でもいいですね。日帰り旅行でも。
藤澤  ディズニーランドに連れていくといったら、みんな参加するかもしれない。家族も一緒で、といったら、参加者は増えますよね。考える価値はあるかもしれませんね。あとは、予算をどうするかですけど。

 今後の10年を見据えて

司会  では、最後に各々の企業で、例えば「安心・安全まちづくり」(ソシオ構想)に絡めたり、秩父鉄道新駅に絡めた自社の新しい事業とか、アイデアとかがありましたら聞かせて下さい。
不破 不破 貴史 秩父プラスチック工業株式会社 ここ最近の気候変動は、常態化しています。夏の猛暑だけでなく、昨年の豪雪や竜巻、豪雨等、年々苛酷になってきています。今後、ますます悪化していくであろうと予想されていますが、このまま進めば将来日常生活の中で今以上に生命の危機に瀕する事態が起こってくるのではないかと思います。これからはそんな外部環境の変化に対応した商品が今以上に必要とされてくるのではないでしょうか。弊社の扱っている外装建材の分野は技術革新の少ない業界ですが、数年前から遮熱・高耐久化が進みつつあります。将来的には、外気温を完全に遮蔽する屋根外装材や特殊塗料等により雪が積もる前に解ける融雪屋根材、風雨災害に対しても飛散・漏水する事のない堅牢な屋根外装材等、厳しい自然環境や災害に対抗、軽減していく商品・工法が開発されることでしょう。その様な製品の開発に関わったり、安心快適な環境を創るお手伝いをすることが出来、社会になくてはならない会社として歩んでいけたらと思います。
江森  「安心・安全まちづくり」の観点から、弊社が入居している連棟の再開発が急務と考えています。連棟は老朽化が進み雨漏りが頻発しています。耐震強度にも大きな不安があります。連棟の入居事業者も減少しており、入居事業者が個別に対策を講じても効果は得難い状況なのです。避難地や避難路を考慮した、思い切った再開発を望んでおります。
藤澤  【ソシオ構想】をテーマとした未来の組合をどう考えるか、どう行動するのか正直、現段階では具体的な答えは思いつきませんが、「理想」という意味であれば少し考えやすくなります。まず、大きな点は秩父鉄道の新駅が出来る事が、組合員にとっても大きなメリットがあると考えます。やはり少子高齢化の今の時代、従業員の確保が大変厳しいのが現状です。多くの人が集う場所が流通センターの利点でもあり、ある意味課題もあると思います。もし、大災害が熊谷の街に起きた時にスムーズに組合員・従業員の方の安全を確保できるか?飲食物など生活には欠かせないものが足りているか?多くの従業員さん達は少なからず疑問に思っているかもしれません。『安心・安全なまち』という事をそういう方達に伝えるのも我々の使命だと考えます。弊社は、乾物をメインとした食品メーカーです。乾物食品は日本古来の食文化であり、保存食に適している為に、災害時などには大きな効果があると思います。乾燥食品は軽い為に持ち運びが便利であり、栄養価も高く、賞味期限が長いのも特徴です。そうした事から、乾物食品の可能性はまだまだあると考え、災害時にも活躍する商品開発が今後の課題です。5年間腐らない食品の開発、温度変化にも対応した食品の開発など。日本全国、いつどこで起きるかわからないのが自然災害であり、弊社の商品が被災者の為に役立てられればと考えております。
藤間  この問屋町を「防災センター」として位置付ける中で、有事の際の避難者の生活を確保できるしくみなども必要なのかなと考えます。生活、すなわち衣食住として考えると「食」の備蓄は想定できますが、「衣」や「住」についても強化しても良いのではないのでしょうか。耐久性に強い衣類の開発をおこなったり、簡易的な上下水設備、折り畳み式の住居なども面白いと思います。「住」の部分では当社としても取り組める内容でもありますので良く研究し未来のまちづくりのために尽力してまいります。また、前段でも述べられておりますがこの青経会の将来像としては今まで以上により強固な繋がりを持ち、熊谷・行田エリアにおいて青経会を中心に縦の繋がり・横の繋がりが構成されることで自企業の発展や個々人の成長、如いてはまちづくりに生かして行ければ幸いです。そうなるためにも今この瞬間を何事においても精一杯走り抜けてまいります。
司会  貴重なご意見を、どうもありがとうございました。
 組合員がまとまって色々な活動を通し、次の50周年、60周年、70周年と、我々が描いた夢について、あのとき考えたことが実現できたな、一部はできたな、これができた、これができなかった、なんていう話をする機会を楽しみにしたいと思います。今後とも青経会の活動をよろしくお願いいたします。今日は本当にありがとうございました。


(平成27年6月16日 組合会館役員会議室にて)

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